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親睦と敗北と小さいお客 |
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みんな元気かぁ〜!俺は今日は何だか冴えない日だったのだ。朝、家を出る時から何かいやな予感がしていた。そういうことはあなたもたぶん経験があるだろう。ニューヨークに住んでいるといろいろな事が起きる。そんな代表的な1日を今日は紹介しよう。これを読んで少しでもこの街の空気を感じてくれれば幸いだ。(すごく悪い例かもしれないが) 前の金曜日から「肉の切り出しの特訓」が始まり、いよいよ本格的な仕込みが始まった。高いお肉なので緊張しながらさばいていく。反面、やっとお肉を切らしてもらえる嬉しさもまた格別だった。お店はまたもや大繁盛でトイレに行く暇もなかった。(本当にこの店の人達は働きものである)お店の営業も順調に事を終え、帰り支度をしていつものお疲れビールを飲み干し、空き瓶をバーカウンターに戻した。その時バーテンダーの女の子が「何かもう1杯飲みませんか?」と始めて声をかけてくれた。何だか嬉しくなりついつい「じゃぁ〜赤ワインを1杯」といつもの悪い癖がひょっこりと顔を出してしまったのだ。バーカウンターに腰掛け、初めてゆっくりとお酒を味わいそしてみんなと語る。最高に幸せな一時だった。ウエイターの一人が「店が閉るのでもう1軒他で飲みなおしませんか?」と尋ねてきて断わる理由もなく飲みに行った。だんだん夜もふけてきたので、話は尽きないが取りあえず帰る事にした。みんなに挨拶をしてイーストビレッジからハウストンの地下鉄の駅に向かう。本当に幸せで体が宙に浮くとはまさにこんな感じで、なおかつアルコールが程よくまわりもう気分は天国状態であった。急に友達に電話がしたくなり財布からクウォーター(25センツ)を一枚取り出し受話器を持ち上げた瞬間、右手に持っていた財布を何者かに強引に掴み取られ走り去られたのだ。何を血迷ったのかとっさに俺は「金はやるから財布だけ返せぇ〜!」と叫んでいた。最近起こっているニューヨークでの事件を思い出し彼を追うのをやめた。頭の中で「もしナイフやガンを持っていたらこれはかなりやばい事になるにちがいない」と思い悔し涙をのんだ。何が起こったか分からず朦朧とする意識の中、地下鉄の階段をおりトークン(切符)を買おうと思ったら手にはクウォーターが1枚だけだった。トークンを買う事もできず、今頃になって事の重大さをひしひしと感じてきたのだ。「俺ってどうやって家に帰るの?」と独り事のように呟き駅の階段に座り込んでそのまま眠ってしまった。 どのぐらい経ったのだろう。ふと時計を見ると朝の7時過ぎだった。いつしか手に持っていたはずのクウォーターも無くなっていて地下鉄に乗る事も電話をする事もできずにただぼぅ〜としていた。急に我に帰り「帰らなくちゃ、今日も仕事じゃないか、帰らなくちゃ」と思い強行突破をする事に決めた。駅の改札を金も払わずにくぐり抜けて入ってしまおうと。俺の心臓の動きは頂点に達し(捕まっらどうしよう、捕まったら)、そして駅員の目を盗んで一気に駆け抜けてホームに飛び込んだ。息を切らしながら辺りを見回し「やった、ばれてない!誰も追い掛けて来ない、これで家に帰れる。やった、やった。もし捕まったら事情を説明して明日お金を払おう、そうすればいいんだ、これでいいんだ」と自分に言い聞かせて電車に乗った。こんな事をしでかした人間の心理ははかなく、そしてみじめだった。まわりの乗客のすべてが今、俺がして来た事を知っているように思えておもわず目を伏せた。 やっと自分の家の駅に着き外に出たら物凄い大雨で1人で傘もささずに家に向かった。「寒い、悲しい、孤独、そして雨、雨、雨。」家に着きドアを開けると一匹のネコが俺の気持ちを分ったかのように濡れた俺の足に頭をなすり付けて4階の部屋までついてきた。ドアを開けると一目散に部屋に駆け込み遠くから俺を見ていた。ルームメイトが学校に行く支度をしていた。そして彼は猫にミルクをさしだした。猫は真っ先にミルクをがぶ飲みした。俺は頭をなでながら「お前お腹すいてたんだな、俺もお腹ぺこぺこだよ、あぁ〜疲れた、本当に疲れた」と言いながらコーヒーを飲んだ。その後、猫はお腹一杯になりルームメイトと共に家を出た。俺はというとベッドの中に潜り込みうずくまっていつしか眠りに落ちていった。 |