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晴れ舞台と不馴れな自分

<< contents 「し、心臓がぁ〜バクってるぅ〜!く、苦しいぃ〜!」と、朝から興奮ぎみの俺なのだぁ〜。そう、チーフの言ってた通りなら今日からいよいよ「メイン」でカウンターの前で仕事をしなくてはいけない。つ、ついにこの日がぁ〜、うぅ〜、このプレッシャーに負けてたまるかぁ〜!行けぇ〜、突撃ぃ〜!ファイト、ファイト、ファイト、ファイト、ファイト...。

俺は先週の火曜日から1時間だけ早出になっていたので、そそくさと身支度をして仕事場に向かった。またもや以前の「最初の面接」の時のように足取りは重く、何だかさえない。また俺の中のイヤイヤ病が出て来てしまっているらしい。あの時もそうだったがこういう時は俺は決まってある歌を思い出す。それは、かなり古い歌なのだがユーミンの「前へ、前へ前へ進むのよ、勇気だして!あなた、だけの歴史切り開く、Happy Birthday to you!」って歌だ。この日もくじけそうになるのを必死にこらえて、まるでお経のようにこの歌をブチブチと唱えながらリズムに合わせてステップを踏み、マンハッタンの道を力強く歩いて行く。それも何十回もだ。こうして、いつもの見慣れたお店のドアの前へとたどり着いた。そして、深ぁ〜く深呼吸をして暗い店内に足をふみいれたのだった。(ギィ〜!バタンッ!)

「おはようございまぁ〜す!」と元気よく入って、いつものシェフスタイルに着替えると早速、仕込みが始まった。チーフの威勢のいい声が、2人しかいない店内に響きわたる。「じゃぁ〜とりあえず、そこにある肉を下の冷蔵庫に運んで、それからソースを作ってもらおうかな!」俺といえば緊張のあまり頭が上手く回転しないまま作業はどんどん続いていった。俺は心の中で「この小心者!やるのか、やらねぇ〜のか、はっきりしろぉ〜!」と自分に問いかけながら何とか動いていた。そして、いつもの従業員が時間通りにぞろぞろ顔を見せ始めて作業場をキッチンからグリルに移した。その時チーフが突然「じゃぁ〜今日はメインの方で仕事して...」とサラリと言った。「き、来たぁ〜!ついにあの舞台に俺なんかが立てるなんてぇ〜!」それは俺にとってこの場所は特別すぎる程の場所でなんだか武者震いのようなものが全身にはしって妙に居心地が悪い。嬉しいはずのこの場所が地獄の制裁を受ける所に見えて来て「助けてくれぇ〜!」と叫びたいぐらい緊張していた。オーダーを出すカウンター、ちょっと広めのまな板、足元には冷蔵庫、そして眩し過ぎる程のスポットライト。何もかもが違い、俺にとってはそれはもうブロードウエイの初舞台に匹敵する程の場所だったのだ。そんな事に俺がなっていようとは知らず、チーフはもくもくと仕事をしていた。そして時計が5時を指して店はオープンした。

今日は月曜日という事もあってかお客さんの入りが悪く、暇なぶん余計にいろいろと考えてしまい落ち着きがない。と、思っていると「リブアイステーキ入りました!」とウエイターの声。「ついにメイン初仕事ぉ〜!」と思いきやあれは、アナウンサーの川端さんがよりによってこの不馴れな俺がメインの時にぃ〜!それもまたもやグリルの前に座ったぁ〜!俺っていったらパニックのうえに、パニックになってしまいこんな自分を見たのは久しぶりだった。「さぁ〜これで役者はすべてそろった!後はやるだけだ!よっしゃ〜!行くぞぉ〜!」と思いきや他のお客さんが顔を出し始めた。そんなに混んでいる訳ではなかったのだが、なにせ初めてのポジションで仕事も全然違いしばらくアタフタしていた。そして途中であまりの仕事の出来無さに自分で落ち込み、何だか弱気になってしまっていた。とにかく何をするにも初めてなので、いちいちチーフに聞かなくてはならない。そしてそれをお客さんの目の前で堂々と作り、不安を与えない事に集中していた。「料理人のテイパキとしぐさも味のうち!」と気合いを入れて頑張った。そしてあれよあれよという間に初日は終った。

今日はさいわいそんなに混まなかったからいいものの、もし大入り満員が来たら...。と不安の残る1日だった。いつもの俺らしさはどこかに吹っ飛んでいき、俺はただの「ド素人」に逆戻りだった。

そして、腑に落ちないままメイン2日目に突入するのであった...。