シェフの道ー第98話ー 悪夢の始まりと壊れていく体!

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悪夢の始まりと壊れていく体!

<< contents 「こんな修羅場は人生の中で何度もあったが、仕事以外に精神的にダメージを受けたのはこれが始めてだった。これは悪夢なのか?それとも何か他にいい例えがあるなら、誰か教えて欲しい。自分が壊れていく自分を見るのは、これが最初で最後になるように祈った...。」

10月7日(日)
この日、新チーフから明日から変わる新メニューの大まかな内容の書いた紙を渡された。何が何やらさっぱり分からなかった。見た事も無い料理、食材、言い回し。こらを明日から作らなくてはいけない。それに、前のチーフが辞めてから3週間もあったのに、どうして何一つ新メニューの作り方や仕込みを教えてくれないのだろう?不安がよぎる。そしてその日、新チーフに新メニューの食材を一通り暗記してくるように言われる。

10月8日(月)
朝、仕込みの事も考えて早出する。どんな仕込みをどの材料でしていいかさっぱり分からぬまま、チーフにせかされながら作業は続いた。そしてチーフからのアドバイスがはじまった。『意識を変えてください。今までのチーフのやり方や考え方は全部捨ててやってください。お願いします。時間が無いですよぉ〜!急いで!』俺は自分なりに考えて、こんな非力な俺だがやれる事だけは一生懸命やろうと意識を固めて取りかかっていた。しかし、仕込みは予想が出来ない程たくさんあった。俺が何をしていいか分からず戸惑っていると『分ってないですねぇ〜、意識を変えて下さいって言ったでしょう!』しかし、俺にはどの意識を持てと彼が言っているか分からなかった。夕方のまかないが時間が無く食べ損なったので、裏で一休みした(ほんの3分)。彼はすかさず来て『仕事ができる人なら休んでも飯を喰ってもいいですがねぇ〜』と言う。俺はこの日から彼の許可無しには飯を喰う事も休憩も出来なくなった。営業の途中では『これは何のメニューに使う物ですか?』と恐い顔で聞かれ、答えられないとまた『覚えてきてって言ったじゃないですか!』と怒鳴られる。そして、営業が終ってから『ひろさんも19や二十歳の子じゃないんだから、もう三十過ぎてるんだから分かるでしょう。しっかりしてください!』と、こんな筋の通らない説教と怒鳴りを数十回1日中された。俺はこれは何かしごきとは違う何かを感じ取った。

10月9日(火)
この日はチーフの命令で早出を朝の10時にした。9時半過ぎに店に入ったが、そこにはチーフの姿は無かった。俺はシェフコートに着替え、とりあえず昨日した仕込みをやろうと地下の冷蔵庫からキノコ類を持って上がる。そうしたらチーフが独りでバーカウンターに座っていて一息ついていた。俺は仕込みをしようとまな板を洗って準備していた。その瞬間、彼から『ひろさん、ちょっとコーヒーでも飲みませんか?』(そう、言い忘れたがこの新チーフは俺より年下の30歳。初めての年下のチーフ。でもそれはこの業界ではあまり珍しい事では無い事は充分納得していた)俺は「あぁ〜でも仕込みがあるので。」『まぁ〜いいじゃないですか?少し』「はい、分かりました。じゃぁ〜」俺は昨日の散々怒鳴られた事が頭をよぎったためか彼の隣には座れなかった。俺は立ったまま彼の話しを聞いていた。『ひろさんもう、三十過ぎてるんだから、分かるでしょう?もっと意識を変えて仕事をしてください!早出して来ても仕事が遅きゃ意味無いじゃないですか!本当に分って無い人だ!』と早出して来たのに1時間も説教される。しかし、全く違う料理を仕込みの手順も分からず1日でどうやって早くやれるのか俺には分からなかった。そして、しごきかイビリか分からない彼の怒鳴りが、またもや1日中続きエスカレートしていった。ますます、俺は彼が俺に何を求めているのか分からなくなった。

10月10日(水)
この日の朝から体に異変が起きた。吐き気止まらず食べた物すべて吐き、体に発疹が出始める。また、怒られる。また、怒鳴られる。仕事の事と関係無い事を言われる。行きたくない。しかし今、行かなかったら、誰が仕込みをして料理をお客さんに出せるのだろう?行かなくては彼のためでは無く自分の料理人としての信念で動こう。ダメなら辞めればいい。まだいける。俺はそう思い、気を取り直して仕事場に向かう。しかし、シンクに置く三角コーナーを買って来てと言われ、チーフに指定された店に行く。しかし、そこにはプラスチック製の物しか無くステンレス製の物を買い求めて店を3軒はしごした。やっと見つけて買い、お店に付いたのは19分遅れ。俺は慌ててシェフコートに着替えて仕込みに取りかかろうとしたらチーフに呼び止められ、またにらまれて説教が始まった。営業中も容赦無く怒鳴りだおされ、セクションの友達に言う。「ごめんな。もう限界だよ。オーナーに言って辞めるよ店。本当に体の調子が悪いんだ。ごめんな。」その友達が切れてチーフに言いに行く。『チーフ!もう少しひろさんに言う言い方変えてもらえませんか?そんな言い方されて、誰が営業できますか!ひろさんはひろさんで一生懸命やってるじゃないですか!どこが足りないんですか?』と言ってくれた。俺は友達が話した後、彼に呼び出されて『もっと意識を変えてやってもらえませんか!やる気が無いんだったら、はっきり言ってもらっても構いませんよ!』俺には何が何やら分からなかった。要するに彼は俺を辞めさせたいだけなのか?しかし、俺は辞める覚悟で言う。「仕事の事で厳しく言われるのは構わない。だけど、仕事をする事と年令や俺のプライベートは関係ないと思います。それに営業中に怒鳴るのは止めてください。お客さんに見えているセクションなのでそんなに怒鳴られると笑って営業できないんですけど。」俺は彼に肩を叩かれて『もう行っていい!』と言われる。俺はドアを開けて出た瞬間に彼の声が聞こえた。『ダメだこりゃ〜!』と叫ぶ声。俺は失望した。何をしても彼は俺に文句を言う。早出しても、どんなに早く分からない仕込みをしても、睡眠時間が無くて記憶力が無くて暗記してきても、いったい俺はどうすればいいのか分からなくなった。俺は思った、これはイジメだと。

10月11日(木)
俺は体調不良と睡眠不足からくる疲れでボロボロになりながらお店に行った。チーフは昨日の帰りにチーフの先輩から言われたのか妙に優しくなっていた。それが俺にはまた別の恐怖だった。何か失敗して彼の顔を見ると今にも怒鳴りたそうな顔を我慢しているのが分った。俺はそれを見てしまい彼がいつ切れてまた俺に怒鳴り、説教するのか1日中恐かった。体が痒い、吐き気がする。俺は極度の睡眠不足からくる疲労と彼が俺に言う筋の通らない怒鳴りで精神的にダメになっていた。他人を金もうけの道具にしか考えない新チーフ。俺は彼から散々聞かされたうすぎたない心の話し。毎日、誰かの悪口を汚い言葉で言う。もう、うんざりする。キッチンで働いているスパニッシュの人達を彼はクズと呼ぶ。彼は前の職場でこのスパニッシュからナイフを突き出されたらしい。しかし、俺は彼がクズと思っているからそうなったっと思っている。現にこの店のスパニッシュはみんな優しい人達だ。それから、俺もよく知っている店の常連客が来た時も彼は言う。『金を落とさない、あんなお客はいらない!』しかし、そこまでは我慢した。そして俺はお客さんに「すいませんね。突然メニューが変わってしまって。また宜しくお願いします!」と言って身の上話しをしたら、彼はオーナーに言いに行き、戻って来た。『ひろさん、今度お客さんと話す時は挨拶だけにしてください!挨拶したら、もう話さなくていいですよ!いいですか!!!』俺はびっくりした。オープンキッチンの意味が無い。何のためのグリルカウンターがあるのだろう?それじゃ、今までのお客さんはどうする?彼は俺がする事なす事全部嫌いらしい。しかし、何が彼をそうさせるのか俺には分からないし、もう分かりたくも無い。俺は純粋に料理がしたいだけだったのに。

10月12(金)
俺は早出のため12時入りだったが、怒鳴られ、イビリだおされる恐怖で顔面蒼白だった。動かない体、吐きそうで、体の湿疹がますますひどくなり痒い。俺はお店に入って彼の顔見るなり言った。「すみません。お店を辞めます。限界です。」彼は笑って言う。『分かりました』俺は作業用の靴と包丁を取りに言った。彼は今度はにらんで言う。『いい大人がその日に来て辞めるって帰っていいわけ?オーナーには話したんですか?』「オーナーには後で必ず挨拶に来ます」『いや、俺が言っておきますから、もう来なくていいですよ!!!』と叫ばれる。この瞬間、俺のこの店での生活は終った...。

俺は体(健康)を取った。この店でみんなと働きたいのは今でも変わらない。グリーンカードもダメになった。でも、こんな人がどんなに技術があっても旨いと認めない。料理は技術なのだろうか?少なくとも俺は違う。俺が求めている料理を彼からは学べないし、この店にいる価値も無くしてしまった。そして俺は、俺が出来る事が探せなくなったこのい店を去った...。心の中で「みんなごめん、お客さんごめん」と何度も呟きながらアパートに帰った。

この回はこのぐらいにして99話に続くのだ。それではどうぞ!